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2-6 浮気の余波

浮気の余波


 宿舎に帰って、その場にレイナがいれば、すぐにでも全部話して謝る
つもりだったけれど、夜遅くまで帰ってこなかった。
 かあさんの作ってくれた夕食を済ませた後は、雨の降る夜をベランダ
でぼーっと眺め続けた。その間中、AIは必要最低限な片言しか言わなかっ
た。
 なんでみゆきとはせずに、あの人とはしてしまったのか。自分の中で
まだ答えは出せずにいた。
 二緒さんにも何か説明した方がいいかとも迷った。けどそういう間柄
なわけでもないし、友人同士の二人にしかわからないこととか、陛下や
レイナとの絡みもあって、何て言葉をかければいいのかもわからなかった。

 そんな夜の10時頃。ガラス戸をAIがノックして声をかけてきた。
「奈良橋議員からお電話が入っております。いかが致しますか?」
 誰かに相談したい気分でもあったので、おれは電話に出ることにした。
「奈良橋さん、どうしたんですか?」
「おう、突然やけどな、明日空いとるかい?」
 AIを振り返ると、無言でうなずいていた。
「特に、予定は入ってないですけど」
「明日な、NBRランドで相子とわいに付き合ってくれへんか?」
「えっと、お邪魔になりませんか、それって?」
「タカシ君にはな、二緒はんのお相手をして欲しいんや」
「えっと、く、詳しくは言えないんですけど、きっと嫌がると思います
よ。ぼくなんかが一緒じゃ」
「ほほ~。なんかやらかしたんかい?ん?」
「ちょ、ちょっとした修羅場っていうか、格好悪いとこ見せちゃって、
立つ瀬が無いというか、お互い顔合わせ辛いというか」
「タカシ君。わいは誰や。言うてみい」
「奈良橋悠さん、ですけど」
「誰の婚約者や?」
「相子殿下の・・・、ってまさか!?」
「けけけ、そのまさかや。今回の件には相子もわいも絡んどったけど、
まさか良子はんがあそこまでヤるとは予想できへんかった。すまんす
まん。
 ほんでお詫びを兼ねて、な。二緒はんと仲直りしとくんも早い方がえ
えやろし」
「二緒さんと仲直りする前に、レイナにきちんと説明して、お詫びしな
いと・・・」
「あのな、タカシ君。AIは部屋の外にいたわけやろ?二緒はんは現場に
飛び込んで行けたわけやろ?なら、どうしてレイナちゃんなり中目はん
が現れなかったと思う?」
「正直、わかりません。ぼくを信頼して、試してたのかもとか思います
し、ぼくもぼくで何で流されちゃったんだろうとかわからないんですよ」
「浮気男の言い訳やな。へへへ」
「何て言われても反論できませんよ、今は。だからレイナが帰って来る
まで、明日のお約束なんて、できません。申し訳ありませんが」
「そう来ると思っとったわ。だから明日の事、レイナちゃんにはあらか
じめ了解取っといたわ。伝言ももらっとるで。気にしないで、って言っ
てたわ」
「気にしない訳無いじゃないですか!ぼくだって、あいつだって!」
「落ち着け言うても無理やろうけど、聞いてや、タカシ君。男と女は、
その気が無くても、流れでそうなってしまう時があるもんや。それを浮
気や何のと責めても始まらん」
「だからって、ぼくはあの人を拒絶できた筈なんです。だけどそうしな
かった」
「だから自分が許せない。信じられなくなったってか。イイかっこしい
は止めようや、タカシ君。本音を話そうや」
「ぼくは本音を話してます!」
「いんや。違うねぇ。良子はんがどう言って律子はんを追い出したかは
聞いとる。要は気圧されたんよ、タカシ君も、律子はんも」
「それだけ、ですか?」
「もっと言えばな。レイナちゃんがワイに言うのを許してくれるかどう
かわからんが、罪悪感や。お、言えたで。レイナちゃんも大人になって
きたのう」
「罪悪感・・・?」
「あとはレイナちゃんが帰宅してからじっくり話し合うんやな。ほな明
日はよろしくな。お休み~!」
 そう一方的に告げて奈良橋さんのミニチュアは元のマネキン人形に戻っ
た。
「くそ、かあさん、奈良橋さんに通信つながる?」
「・・・着信拒否されています」
「あーもう!じゃあ相子殿下は?二緒さんは?レイナは?」
「・・・・・皆様同じです」
「くっそ~・・・」
 それから夜半過ぎにレイナが帰って来るまで、悶々とした時間が流れ
た。
 ピンポーンという間の抜けた音で、おれは玄関に向かった。今までテ
レポートし放題だった奴がどういうことなんだと苛立ってさえいた。
 ドアを開けると、レイナが立っていた。雨滴が髪からぽたぽたと垂れ
ていて、全身がずぶ濡れだった。
「お前、風邪引くぞ。何やってんだいったい・・・。ほら、早く中入れ
よ。体拭いてまず乾かさないと」
 腕を掴んで引き入れようとしたけれど振り払われた。
 沈黙が二人の間を支配した。レイナはうつむいたまま、何も言わない。
おれも、謝るつもりだったのが、何も言えず、身動きすら出来なかった。
「私、お願い・・・」
 レイナがぽそっとつぶやいて一歩下がると、中目に切り替わっていた。
中目はおれの背後に控えていたAIからバスタオルを受け取ると、髪を拭
きながら言った。
「レイナも、私も、今回のことにはショックを受けている」
 叱責を受けて、おれはようやく口を開けた。
「あ、ああ。ほんとに済まないと思ってる」
「いや、謝ってくれなくてもいい。これはレイナと私との間でずっと話
し合っていた事にも直結する問題だからだ」
「どういう事だ?」
「やはり体温が低下し過ぎている。AI、風呂にはすぐ入れる状態か?」
「はい」
「浴室で一緒に話そう。いいか、白木隆?」
「あ、ああ」
 断れるわけも無かった。
 中目はびしょ濡れになった衣服を玄関で脱ぎ捨てると、バスタオルで
軽く体を拭い、浴室へと向かってしまった。
 おれも後を追い、脱衣所で裸になると、すでに湯船に浸かっていた中
目に向かい合うように湯船に入った。
「遠慮をするな。向かい合うよりもこうした方が話しやすい」
 そう言うと中目はおれに背中をもたれかけるように向きを変えて、お
れの両手を取って自分の下腹に導いた。
「ここには何が収まっている?白木隆」
「俺たちの、子供か?」
「そうだ。私とレイナだけでなく、人類と我らの種族の間の、希望の架
け橋でもある。そしてまだこの子供には、我らの内誰も宿ってはいない」
「どういう事だ?」
「私は、レイナが受精したのとほぼ同時に宿った。つまりレイナという
存在、命の発生と同時だったとも言っていい」
「つまり、おまえ達の種族の誰も宿れない存在なのか?」
「今後もそうなのか、それとも宿っているが覚醒していないだけなのか、
まだ私にも判別できない。
 しかし、私とあなたとの間の子供の持つ可能性は大きい。私はレイナ
に提案し続けているが断られ続けている事がある」
「何だよそれ。おれは聞いてないぞ」
「具体的にはな。言ってしまえばこういう事だ。
 あなたとレイナとの間の受精卵をコピーさせて欲しいと、私は願い出
ていた。いや、私だけではない。世界中の関係者の多くもそれを望んで
いた」
「おれとレイナの間の受精卵がコピーできると、どうなるんだ?何が出
来るんだ?」
「もしレイナの属性を受け継いでいるのなら、複製した受精卵を150億
個用意すれば、単純な計算上、現在の人類も我らも、誰も死ななくて良
い事になる。誰も死なせない、殺さない選択枝として、おそらくこれ以
外の方法は無い」
「それをレイナは断ったってのか。どうして・・・?」
「さぁ。その理由は、きっと自分自身でも考えてみて欲しいと思ってい
るぞ、レイナは」
「あいつの生い立ちの問題からか?自然受精に拘ってたし、人工子宮も
使わないって言ってたし」
「それは個人の信条としては受け入れられるかも知れない。しかしレイ
ナやあなたの置かれた立場からすれば度を越した身勝手でもある。ワガ
ママで、救えたかも知れない225億の命を見殺しにするかも知れないの
だから」
「にひゃく、にじゅう、ごおく・・・。日本の人口の何倍なんだろうな、
ははは」
「笑い事ではない。しかしレイナの思いが真剣である事を私は他の誰よ
りも知っている。私はレイナと対話し、妥協点を探り続け、合意に至っ
た」
「そこにおれは混ぜてくれなかったんだな」
「これはあくまで私たちの間での合意だから。レイナは、卵子の供出を
もう行わないことに決めている。白木隆、あなたの精子の供出も。
 しかしそれでは自己中心的過ぎて、何も話が進まない。だから私は提
案した。白木隆が自ら望み、性的接触をもって相手に自然受精を試みる
のであれば、レイナも私も、これを阻害しない。もし命が宿ったのであ
れば、この複製及び育成も、私たちは関知しない。
 だからこそ、私達は邪魔をしなかったし、これからもしないだろう。
しかし、やはり、ショックは受けた。私も、レイナも、予想していた
以上に・・・」
「悪い、悪かった。ごめん!ほんとに、もう・・・」
「それ以上は言うな、白木隆」
 中目はこちらに向き直って、人差し指をおれの唇に押し当てた。
「言ってくれると、私もレイナも、もっとワガママを言いたくなってし
まう。あなたを独占してしまいたくなる。だから、言わないでおいてお
くれ」
「ば、ばか言うなよ。お互いがお互いだけをってのが普通じゃないのか?
自然じゃないのかよ?それがワガママっていったい何なんだよ?」
「今は普通の時ではないし、自然なままでもいられない立場に私達もあ
なたも置かれている。それはあなたも認めるだろう、白木隆?」
「そうだけど、だけど、何だっておれを蚊帳の外に追い出して自分達だ
けで決めちまうんだよ?おれだって、加わりたいよ。おまえ達が悩んで
いるんだったら、力を貸したいよ。そんなにおれが頼りないのかよ・・・」
「あなたを頼っていないわけではない。むしろ頼りすぎないように気を
つけているくらいだ」
「もっと、頼れよ、頼むからさ!」
「じゃあ、私からのお願いだ。私はもう十分に話した。謝罪も受けた。
後はレイナと話して、抱いて慰めてあげて欲しい」
「わ、わかったよ」
 中目は優しい目をして言った。
「心配しなくていい、白木隆。私はまだ、あなたのことが好きだ。たぶ
んこれからも」
 そして口づけてきて、レイナに切り替わった。
 ぽろぽろと涙がこぼれてきて、湯船に落ちていった。
「バカ!バカバカバカー!」
 湯船の中で顔や胸板をぽかぽかと殴られて、お互いお湯まみれになっ
た。
「おま、うぷ、わかったから、悪かったから、おぷ、落ち着け、殴るの、
ヤメ・・・」
「自制するの、ホントに大変だったんだから!ホントに最期までヤッちゃ
うなんて、信じられなかったんだから!」
「おれだって、うわっぷ、そうだよ」
「だったら、何で、何で、何で・・・」
「良くわからんけど、さっき奈良橋さんと話してたら、罪悪感じゃない
かって言われたよ」
「そっか・・・。そうか・・・・・」
 急に、レイナの手の動きが収まった。
「どうしたんだよ?」
「もし、もしそうなら、タカシ君。明日はちゃんと二緒さんの相手をし
てあげてね。これは命令だからね!」
「何なんだよいったい?」
「二緒さんの時計は、ずっと止まったままなの。それを動かせるのは、
たぶんタカシ君しかいない。相子殿下も、奈良橋さんも、たぶん良子さ
んも、わかってたんだと思う」
「こんな気分にされてて、その翌日にはまた別の相手を抱けってのか?
無理だろ」
「強制はしないし、できないよ。でも私達やタカシ君にも役目があるよ
うに、二緒さんにたぶんもあるの。それはきっと時計の針が動いてない
とダメなの」
「何のことだかわからんよ」
「と・り・あ・え・ず、この浮気勝ちな息子さんにしっかり教育してお
かないとね!誰がご主人様なのか!」
 ぎゅっと握られておれは悶絶した。
 まぁ、それから数時間後、何戦かを風呂場とベッドの上で闘わされて、
二人ともへとへとになって、ようやくレイナの機嫌も戻ってきた。
 レイナは、おれの腕を枕にしながら言った。
「あのね、私の言う事もわかってはいるの。誰も死なない、殺さないで
全てを済ませようとするなら、どこかで妥協もしなきゃいけないって。
 だから、体の浮気は許す。だけど、心の浮気までは、ダメだからね。
絶対!」
「ほんとに、それでいいのか?精子だけ提供させてくれる方が、おれと
しては絶対に気が楽なんだけど」
「あたしは、絶対にイヤなの。あたしどうこうというよりは、そうやっ
て作られてくる子供達の気持ちを考えると、絶対に受け入れられないの。
受精卵の複製にしたって、そう」
「でも、おれと他人のには、関知しないんだろ?」
「そこが、ぎりぎりの妥協点だった。今でも泣きたいくらい辛いけどね。
でも、なるたけ誰も殺したくない気持ちも本当だもの」
「そうか・・・」
 それから二人とも押し黙り、うとうとしかけてきた頃にレイナが言っ
た。
「タカシ君。あのね・・・」
「ん、何だよ?」
「やっぱりいいや。好きだよ。それだけ」
「おれもだよ」
 レイナの額の真ん中にキスして、おれは眠りに落ちた。


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